文化財とは?
 「人の手で保護をしなければなくなってしまう、歴史的な価値のあるもの」を文化財といいます。
 中でも後世に伝えていく価値が特にあると判断されたものが、文化財保護法や文化財保護条例を根拠に、国や県、市町村から指定を受けます。これが指定文化財です。
 当資料館では南知多町の指定文化財のうち、5件の資料を展示・収蔵しています。


資料館で見られる町指定文化財

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内海船および船道具資料

分 類:南知多町指定文化財 歴史資料
数 量:19点
時 代:江戸時代末期~明治時代
指定日:平成16年7月1日
展示場所:1階 千石船室
 

 江戸末期から明治ごろに隆盛をきわめた内海船に関わりのある資料です。
 帆を吊るすのに用いた帆桁や船の設計図である板図など当時の船の姿を明らかにする資料、 徳利や炊きこんろなど船上での生活の様子が分かる資料、 貴重品を保管した船箪笥ふなだんすや お金を数えるのに使った銭桝ぜにますなど 内海船での商取引に用いられた資料など、計19点が指定されています。
 こうした廻船にかかわる資料がまとまって残されている地域は、太平洋沿岸では他にほとんど見られないと言われています。

東端戎講文書

分 類:南知多町指定文化財 歴史資料
数 量:文書1,495点、帳箱1点
時 代:江戸時代末期~明治時代
指定日:平成16年7月1日
展示場所:1階 千石船室
 

 戎講えびすこうとは内海船の船主たちで構成された同業者組合で、 70~100艘ほどの廻船が加盟していました。戎講では毎年1回総会を開き、講の運営や様々な問題について話し合っていました。
 1,495点の文書は、戎講の運営に伴い作成されたものと、各地の商人などから戎講に宛てた書状類とに大別できます。  内海船の実態を明らかにするための貴重な資料です。

コウナゴすくい漁のタモ

分 類:南知多町指定文化財 有形民俗
数 量:1点
時 代:明治時代
指定日:平成16年7月1日
展示場所:2階 漁具室
 

 明治20年代にコウナゴすくい漁に使用していたもので、全長3.7m、枠の部分は直径1.6mの木綿製の網の大タモです。
 危険を感じると群れの中心に逃げ込もうとするコウナゴの習性を利用し、海面を竿でつつくなどして密集させたコウナゴの群れを一気にすくい取るために使われました。

神明社貝塚出土骨角器・装身具

分 類:南知多町指定文化財 考古資料
数 量:205点
時 代:縄文時代~古墳時代
指定日:平成16年7月1日
展示場所:3階 考古室
 

 全205点あり、主に縄文時代から古墳時代にかけてのものと考えられています。
 神明社しんめいしゃ貝塚(篠島)から出土した骨角製の漁具類には様々な形態があり、 当時の漁業を知るうえで貴重なものです。 特に回転式離頭銛頭かいてんしきりとうもりがしらは、 東北から近畿・山陰地方に伝えられたと推定される道具と同種のものもあり、神明社貝塚出土の資料は 伝播ルートの中継地点を示す重要なものと考えられています。
 また、卜骨 ぼっこつ彫骨 ちょうこつ、装身具等は当時の生活風習を知る手がかりとなります。

北地古墳群出土漁具

分 類:南知多町指定文化財 考古資料
数 量:7点
時 代:古墳時代
指定日:平成16年7月1日
展示場所:3階 考古室
 

 北地きたち第4号墳、第5号墳、第6号墳(日間賀島)から出土した 鉄製の釣針2点とダルマ形の石錘せきすい5点です。 いずれもサメ漁に用いたものと推定されています。
 奈良時代には日間賀島をはじめとした三河湾の3島の 海部あま集団が、 サメ等の海産物を天皇家へ献上していたことが 平城宮跡から出土した木簡から分かっています。
 また、日間賀島では昭和30年頃まで、北地古墳群出土の釣針と大きさ・形ともに非常によく似た釣針を用いてサメ漁が行われていました。


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